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2010年11月

20101118葛城高原ロッジの連泊から帰って

標高約960mの葛城山は、大阪平野の東南、奈良県との県境にある。その山頂にある葛城高原ロッジに、家族三人で連泊してきた。日頃の鬱憤をリセットするのが目的だった。二ヶ月前に予約しておいた。「一泊二日ではのんびりできないから、二泊三日にしたい」と宣言したら、予測に反して、反対する者はいなかった。

日中の気温は6度cぐらいで、風がなく、三日ともおだやかな天気に恵まれた。葛城山の頂上付近は、プチ高原になっていて、軽い散策ができる。

近鉄の御所(ごせ)駅からロープウェイまではバス、ロープウェイから宿舎までは700mぐらいあり標高差は100mぐらいの登りになる。幅3mぐらいの広い道が続いている。宿舎のそばの高原から、対面の金剛山と夕空を見た。耳成山、畝傍山、大峰連峰などの山影が見渡せた。

宿舎の名物は鴨鍋。一日目は鴨鍋で、二日目はみぞれ鍋にした。鍋料理は、一般的に物足りないことが多いが、ここの鍋は両日とも、ボリュームがたっぷりあった。これは、おどろくべきサービスの一つといえる。

部屋の暖房は、石油ストーブと電気コタツだった。年賀状の宛名を書いた。手書きをするが、あいにく、精神の集中できない日だった。枚数は多くないので、かまわず書いた。字をまちがえたり、よけいなことを書いたりした。年賀状のあて先は、親戚か、古い友人知人のみになっている。年賀状は、新しく知り合った人には出さないので、毎年すこしずつ枚数が減る。

行き帰りとも、どこにもよらずであったが、少しは気分転換できたのでは、と思う。明日からまた、日常が戻る。この世では管理員、御国のご用はキリスト教会の建設。

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20101107本日の礼拝の余禄

2010/11/7(日)CとDが礼拝の席にいた。Cは礼拝すると言ったらそそくさと自室にひきあげるのが常であったが、今日はDを抱いたまま席にいた。Dは生後三ヶ月ちょっとだ。ちょっと、うれしかったので、メモしておく気になった。わたしは、どっちかいうと、風邪気味なのか、ただの疲れなのか、ちょっと不調だった。

Dは手と足がよく動く。首はまださだまらない。両足をよいしょと持ち上げ、どすんと降ろす。かなりの腹筋運動を楽々とこなす。手はばたばたしている。時々、大きく伸びをして、大の字になって気持ちよさそうにしている。けっこう頻繁にあくびする。

そうかと思うと、突如激しく泣き出す。おなかがへったのではなく、飢餓状態になったのだ。Dの場合、だんだん腹が減るというアナログではなく、満腹-飢餓のON-OFF状態しかないのだ。きっと。

あと、うんちとおしっこで気持ちが悪くなっても泣く。そのほか、たまに理解不能のことでも、激しく泣くことがある、らしい。ママはたいへんだが、がんばっていると思う。

それでも、皆の視線を集中させるDのすぐれた点はなにか。それは、われわれの到達できない時間の先を生きる可能性を持っていることに尽きる。ぐずぐずしだすと、だっこするために、手をのばさずにはいられない。

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