日記・コラム・つぶやき

20140503掲示板を解約した

掲示板は、まだ時期が早かった。まだ「笹倉キリスト教会」というキリスト教のWeb説明書ができていない。当初の予定を何倍も過ぎているのに、まだ、説明書つくりの日々が続いている。それに無理があるのか、身体に変調をきたして(横になると苦しく、いたたまれなくなる)、二ヶ月程度休む必要があると考えている。少し前にも同じようなことがあったが、体調が戻るとすぐに作業を継続した。わたしは若くはない。あせりがあるのだと思った。聖母マリヤ・・・キリスト教の原点は彼女にある。それを描き出さねば・・・つい、あせって。・・・さあ、パソコンを消して、部屋の掃除して、それから・・・・。

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20141013体調不良の二日間・・・

体調悪し
この日、月曜日は二連休である。半年かかったコーランも終わったし、やりかけで久しく放りっぱなしだった新約聖書の続き、「コリント人への第二の手紙」にとりかかっていた。しかし、体調が悪くなって、昨日はごろごとして苦しんでいたし、制作もほとんど進まなかった。原因として、爪水虫の治療薬として昨日の朝からラミシール錠を飲み始めたのでそれの副作用か、たまっていた疲れが出たものかは定かでない。

気分転換にと、遅い昼食にイタリヤンの店で、二人とも週替わり定食「すき焼き風パスタ」を食べた。噛み心地、舌触り、味共に良かった。生ビールを注文したがこれがまたおいしかった。若い人たちの店である。努力している若者を、飲食することで、応援したい気持ちもある。散歩から戻ると、相変わらず、体調はすっきりしない。生きている証しだとも言える。そう思って、がまんする。

先日、管理員の新年研修会があった。毎年、永年勤続の表彰がある。住み込み管理員(夫婦)は7年、管理員は10年がその対象者である。セカンドライフの管理員は70歳ぐらいということになる。見ると、よぼよぼの人はいない。66歳の自分より若く見える人もいる。働けることは良いことだ、と思った。

目に見えているものには終わりがある。わたしの神は、生きている者の神・・・・。

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20110410映画「天使と悪魔」の教皇が「ルカ」

録画しておいた、土曜プレミアム「天使と悪魔」を、今夜見終わった。新しい教皇がカーテンの向こうに出て行くとき、教皇の名前がルカだというのが聞こえた。この映画は、「ダビンチコード」の続編ということだったので、一度見たいと思っていたが、その機会がなかった。バチカンが美しく描かれている。見ることができて良かった。

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20110328NHK2ラジオ朗読の時間「親鸞」五木寛之始る

ラジオ番組が変わっていることに気がついた。NHK2ラジオの朗読の時間が9時45分からになっていた。たまたま、五木寛之の「親鸞」、第一回目が聴けた。一昨年、地方紙に連載されたもので、その後すぐ単行本がでた。今また、その続編として「激動編」が連載されている。エアロバイクしながら、「デカワンコ」最終回録画を観た。

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20101118葛城高原ロッジの連泊から帰って

標高約960mの葛城山は、大阪平野の東南、奈良県との県境にある。その山頂にある葛城高原ロッジに、家族三人で連泊してきた。日頃の鬱憤をリセットするのが目的だった。二ヶ月前に予約しておいた。「一泊二日ではのんびりできないから、二泊三日にしたい」と宣言したら、予測に反して、反対する者はいなかった。

日中の気温は6度cぐらいで、風がなく、三日ともおだやかな天気に恵まれた。葛城山の頂上付近は、プチ高原になっていて、軽い散策ができる。

近鉄の御所(ごせ)駅からロープウェイまではバス、ロープウェイから宿舎までは700mぐらいあり標高差は100mぐらいの登りになる。幅3mぐらいの広い道が続いている。宿舎のそばの高原から、対面の金剛山と夕空を見た。耳成山、畝傍山、大峰連峰などの山影が見渡せた。

宿舎の名物は鴨鍋。一日目は鴨鍋で、二日目はみぞれ鍋にした。鍋料理は、一般的に物足りないことが多いが、ここの鍋は両日とも、ボリュームがたっぷりあった。これは、おどろくべきサービスの一つといえる。

部屋の暖房は、石油ストーブと電気コタツだった。年賀状の宛名を書いた。手書きをするが、あいにく、精神の集中できない日だった。枚数は多くないので、かまわず書いた。字をまちがえたり、よけいなことを書いたりした。年賀状のあて先は、親戚か、古い友人知人のみになっている。年賀状は、新しく知り合った人には出さないので、毎年すこしずつ枚数が減る。

行き帰りとも、どこにもよらずであったが、少しは気分転換できたのでは、と思う。明日からまた、日常が戻る。この世では管理員、御国のご用はキリスト教会の建設。

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20101107本日の礼拝の余禄

2010/11/7(日)CとDが礼拝の席にいた。Cは礼拝すると言ったらそそくさと自室にひきあげるのが常であったが、今日はDを抱いたまま席にいた。Dは生後三ヶ月ちょっとだ。ちょっと、うれしかったので、メモしておく気になった。わたしは、どっちかいうと、風邪気味なのか、ただの疲れなのか、ちょっと不調だった。

Dは手と足がよく動く。首はまださだまらない。両足をよいしょと持ち上げ、どすんと降ろす。かなりの腹筋運動を楽々とこなす。手はばたばたしている。時々、大きく伸びをして、大の字になって気持ちよさそうにしている。けっこう頻繁にあくびする。

そうかと思うと、突如激しく泣き出す。おなかがへったのではなく、飢餓状態になったのだ。Dの場合、だんだん腹が減るというアナログではなく、満腹-飢餓のON-OFF状態しかないのだ。きっと。

あと、うんちとおしっこで気持ちが悪くなっても泣く。そのほか、たまに理解不能のことでも、激しく泣くことがある、らしい。ママはたいへんだが、がんばっていると思う。

それでも、皆の視線を集中させるDのすぐれた点はなにか。それは、われわれの到達できない時間の先を生きる可能性を持っていることに尽きる。ぐずぐずしだすと、だっこするために、手をのばさずにはいられない。

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20100930伊勢神宮正式参拝

団体の一人として神宮の正式参拝をする機会があり参加した。平成22年9月29日(水)お昼ごろ、正式参拝は無事終了した。神宮は三重県伊勢市にあるので、伊勢神宮という通称で呼ばれている。外宮(げくう)と内宮(ないくう)があり、正式参拝は内宮で行われる。外宮では礼拝するだけ。内宮は、天照大神をお祀りしている。

正式参拝(社務所で申し込む)

まず、神楽殿にて神事を行い、ついで御正宮にて礼拝する。服装は、正装とされる。

神楽殿の待合所で順番が来るまで待つ。神楽殿神事の所要時間は、約30分だった。申し込みが多い場合はかなり待つことになる。我々が着いたとき、ちょうど一組の神事が始まったばかりだったので、30分待った。一組の人数と所要時間は関係ない。すごく待った気がするが、その程度済めば幸いと言わねばならない、と後で思った。

神事

1.案内によって、履物をぬぎ、段上にのぼって、神楽殿の内部に入いる。男性の雅楽の奏者が、左右の隅に控えている。

2.参拝者は、床の間に正座する。

3.左手より神官(司会者)が現れ、神事開始の口上を宣べ、お払いをして、去る。

4.左右から二名づつ巫女が入場する。手にささげた桶のような物を前方の幕の前の長机に置く。左右隅に正座して控える。

5.右より、服装の違う神官が入場し、正式参拝者の参拝を言上する。参拝者代表の名前が読み上げられ、参拝の目的などが読み上げられる。

---奏者(参拝者と同じ方向を向いている)の正面は、白布の幕の壁であるが、見ていてふとユダヤ神殿の至聖所の幕が真っ二つに裂けた、という聖書の故事を思い浮かべた。わたし達と神は幕で隔てられている。この神事に携わる人々と同様に、ユダヤ神殿でも壮麗な儀式が行われたに違いない---。

6.雅楽が奏でられ、右手から宮中武者(太刀を腰に下げている)が現れてひとさし舞い、右手に去った。次に、曲者(ぎょろっとした目の黒い面、下あごがぐらぐら揺れている)が同じ場所から現れて参拝者の方を向いて舞い、同様に去った。次に、四人の巫女が立ち上がって舞った。そして、最初に供えた桶のようなものを携えて、左右の出入口から去った。

7.司会の神官から、終わりの口上があって、神事は終了した。(約30分)

8.このあと、神楽殿から200mぐらい先にある天照大神・御正宮(神殿)に向かい、階段を上る。正式参拝者は、一般の参拝場所の左手にある聖域内入口に集められ、係りの人の説明を受ける。そこは、一般の参拝者・観光客や服装のそぐわない人は入れてもらえない。聖域内は、皇族方と正式参拝者、皇太子殿下・妃殿下、天皇・皇后両陛下の三つの参拝場所(御正宮への距離)があると、バスガイドがあらかじめ教えてくれていた。

9.礼拝

二礼

二拍

一礼

10.正式参拝終了

願い事は、声に出さず心に思うのですが、出身地も忘れてはなりません、とバスガイドが言っていた。しかし、願い事は、天皇・皇后両陛下のますますのご健康と、もって日本国の繁栄のほかに何があるだろう。家内安全、合格祈願、商売繁盛、交通安全、世界平和、核廃絶といった祈願は、ここでは似合わない気がした。

キリスト教のマニュアル「笹倉キリスト教会」に着手して、もうじき一年になる。

聖書学の先生のラジオ講座を十三回(2010/06/29-2010/09/21)も聞き、終わってすぐこの神宮正式参拝参加であった。どちらも、自分がしたいと考えていたことではなかった。目の前に門があらわれ、扉が開いたので入っていった、と言う方がむしろ正しい。自分が何をしているのか、たぶん分かっていないが、しなくてはならないことなのだ、とも思う。すでにもうかなり忘れた。とりあえずメモしておこう。

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20100912孫が帰って行った

7月26日に生まれ、産院を退院後、うちに来てから今日まで何かとにぎやかだった。今日、パパが迎えにきて、三人で帰っていった。孫の本来のおうちへ。さびしくなった。

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20100726今日おじいちゃんになった(女の子)

手術は14時からということだったので、新約聖書を取り出して、ルカ福音書のイエス誕生のくだりを黙読した。16時30分にメールがきて、赤ちゃんの写真が添付してあった。18時に産院にいき、母子に面会した。二人とも、元気そうで安心した。ようこそ、この世に。あなたのおじいちゃんの一人は、あなたがおなかにいた間、毎日、キリスト教のマニュアルを作成していた。今日その時、読んだ聖書の一部分。

口語訳聖書(日本聖書教会)

ルカによる福音書2-25その時、エルサレムにシメオンという名の人がいた。この人は正しい信仰深い人で、イスラエルの慰められるのを待ち望んでいた。また聖霊が彼に宿っていた。そして主のつかわす救主に会うまでは死ぬことはないと、聖霊の示しを受けていた。この人が御霊に感じて宮に入った。すると律法に定めてあることを行うため、両親もその子イエスを連れてはいってきたので、シメオンは幼な子を腕に抱き、神をほめたたえて言った、2-32「異邦人を照らす啓示の光、み民イスラエルの栄光であります」。

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20100703メディカル骨盤まくら購入

先日、メディカル首すじ枕を買った。若いときは枕なんて気にしなかった。しかし、今はそうではない。低反発枕を買って試したが、頭が沈み込んで、気持ちが悪かった。慣れが必要だったのかも知れないが、すぐに捨てた。今度の枕は、低反発部が沈む感じをうけず、とてもいい感じだった。説明書に、姉妹品のメディカル骨盤枕もどうぞ、と書いてあった。それで、注文した。だいぶ前、いや、かなり前から足が冷えて困っていた。ここ数年、足の指先もしびれたような感じになってきていた。医者にいったが、血流はあり、運動したらどうですか、といわれるしまつであった。寝ている姿勢に問題があるのではと背中に座布団やタオルを敷いて試したりもしたが、すべて不首尾に終わっていた。今日手にした、この骨盤まくらは、「健やかに寝たい。そして、健やかに目覚めたい」という悲願達成の切り札となってくれるのだろうか。あまり期待しないでと言われても、おのずと期待が高まる。

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